みったん 「みったんだぞ、ガオー。・・・んー、これ、いまいち使い方がわかんないや。誰かに繋がってるのかな?繋がってないのかな?・・・まあ、どっちでもいいやって感じで。はい、へへへ。これ一回やってみたかったんだあ。『ただのドルチの物語』」
あるところにドルチという男がいた
彼はとてもすばらしい芸をもっていたので
人々は退屈することなく日々を送っていた
だけどそれとは裏腹に ドルチは疲れ切っていた
笑うことさえできなくなっていた
ある時ドルチが草原にたたずんでいると声をかけてくる女がいた
女は娼婦だった
ぼろぼろの布切れのようなものを身にまとい
布の間から見える肌はところどころ傷だらけだった
顔もやせ細っていてぼろぼろだったが なぜかドルチはその女に心を奪われた
気がつくと夢中で女に話をしていた
自分が今まで送ってきた人生のこと
踊ることをやめてしまいたいこと
女はぶっきらぼうだったがそれでも話を聞いてくれた
ドルチはうれしかった
その草原にいけば女はそこにいた
毎日毎日女に会えば心が癒される気がした
そう砕け散りそうな心を
ところがある時女はいなくなった
リリカコ、金池と繋いだ手をゆっくりと離し、どこかへ消える。金池、少し遅れてそのことに気づき、駆け回って探す。定食屋に辿り着き、いつもの席に座る。そして後ろを振り返るが、誰もいない。再び街を駆け回り、定食屋に辿り着き、いつもの席に座り、後ろを振り返る。これを繰り返す。動きは次第にシステマティックになっていく。
女はいなくなった 唐突に 何の前触れもなく
何日待っても現れることはなかった
女の行方は知る由もなかった
それでもドルチは待ち続けた
毎日毎日気の遠くなるような時間を
どのくらいの月日がたったのだろう
ふと思った
自分が変わることができれば女は戻ってくるかもしれないと
そうしてドルチは石を握りしめた
変身するための武器を
定食屋にて。金池、振り返るが、誰もいない。金池、うなだれる。
一方つむじの部屋では。
みったん 「・・・はい。というわけで、さっき見つけたんですけど、読んでみました。もしかしてだけど、あいつが書いたのかな?だとしたらウケる、へへへ。あいつ、初めてじゃないかな?出かけてます。洋服を買いに行くそうです。いやどういうこと?へへへ・・・みったん、さっきあいつから、もう来なくていいって言われたんですけど。ふう。・・・いやー、長かったなあ・・・。あ、みったん、妹さん?の代わり、やってたんですけど、責任とれって言われて。いやいやいや意味わかんないですよね?まあ、やらかしちゃったのはみったんだから、悪いのはこっちなんですけどね、・・・あ、ちょっと前にね、変な男の人、うん、たぶんすごい有名人?偉い人?に会ったんですよ。その人がしゃべりだしたら、みんな変な感じになっちゃって、わーってなって・・・よくわかんないですけど。その人の話もよくわかんなかったです。あ・・・でもなんかその人?前の前の前の、前の?彼氏に似てるなあって。いや何となくなんですけど。やたら話し長くて嘘ついてくる人?ん、まいっか、で、これ本題。一個だけ覚えてて。大事なもの放り投げろって言われたて考えたんですけど、これ、ないなあって。で、それがすごく怖いことに思えてきて何とかしなきゃって、んで。あいつにケガさせちゃったんですけど、ふへへ。・・・あいつに言われて思ったんですよ。みったんが投げた石は、未来のみったんに当たってたんだなあって。で、痛がってるうちは、何にも考えなくてすんでたんだなあって。はあ・・・またブラブラしようかなあ。ブラブラ、ブラブラ。・・・でも。もう、石は投げれません。だって、ぶつける未来、もうないらしいです。あいつが言ってました。だからこれからずっと、おしまいまで、石は持っときたいと思いまーす。よーし。以上みったんでした、ガオー。」
みったん、機器のスイッチを切った途端に表情をなくし、彷徨い出す。ゆっくりとゆっくりと踏みしめながら。それを腕に包帯を巻いた座員1が小走りで追い抜いていく。みったん、雑踏に紛れ消えていく。
一方定食屋では。金池が空虚な時間を浪費している。と、後ろの席に座るものが。金池、嬉々として振り返るが、座員1であることがわかり瞬時に表情を暗くする。
座員1 「何ねその顔?・・・元気や?」
金池 「・・・」
座員1 「ああ、大丈夫て、おらんくなったんは怒っとらんけん。てか、俺もなんもせんかったけん、(腕を見せて)手がこれでさ。みーんなおらんくなったけんさ、業者の片づけば、たーだ見よった。で、昨日やーっと終わった。」
金池 「・・・」
座員1 「で、TODAY(今日)、見事な廃墟です。・・・すごかよな?」
金池 「・・・」
座員1 「てかドルチて、お前こん前、街おったろ、女連れで。すみにおけんねえ。」
金池 「・・・」
座員1 「ばってん・・・あれ座長の娘さんだろ。なーんか複雑ではあるよね。」
金池 「(ゆっくりと振り返って)???」
座員1 「あれ?知らんだった?あれ、前の奥さんとの子どもさんよ。」
金池 「・・・」
座員1 「たまに一人、客席座っとらしたたい。弁当作って届けよらしたて。いじらしかよねー。で、俺、座長に頼まれてたい、お返しに宅配便でよ、バラの花ば送り寄ったんだけん。えらかど?」
金池 「(ぐるぐると頭が回りだして)・・・」
座員1 「お前のプレゼントも届けてやろっか?ははは。」
金池、ゆっくりと座員1に手を差し出す。
座員1 「は、マジで?自分で送れよ。え、知らんと?」
金池、座員2の胸ぐらをつかみ、激しく手を差し出す。
座員1 「うわ、何?え、住所?住所ね?わかったて、今出すけん、落ち着けって。・・・(携帯を触って金池にみせて)ほいこれ。」
金池、それを見て一瞬固まり、震えだす。そして駆け出す。店を出て、走って、走って、走って、走って。見覚えのあるアパートへたどり着く。入り口には誰もいない。金池、息を整えながら歩き、震える手でその部屋のドアノブを掴み、一気に回す。途端に鼻につく悪臭に金池、嘔吐する。薄暗い部屋で。誰かが横たわっており、傍らにボロボロの布切れをまとった年老いた女が呆けて立っており、その隣には、つむじが首をつってブラブラと揺れている。金池、腰が抜けて、その場にへたり込む。
女 「ねえ・・・息、しとらん。こん娘、息ばしとらん。だけんが。・・・千円ちょーだい。」
金池、横たわっている女に駆け寄り、何かを叫んでいる。金池は駆けつけてきた警官にすがり、何かを訴えるが全く話が通じず、暴れたところを連行されていく。集まってくる野次馬。年老いた女はボロボロの布を脱いでリリカコとなり運ばれていく。リリカコが横たえられた場所が病室のベッドとなり、一人の医者と看護師がそれを見つめている。
一方、つむじの部屋では。その騒ぎの中、取り残されてぶら下がったままのつむじが、突然しゃべりだす。
つむじ 「はい、というわけで。今回はいよいよ、一番気になってたトピック『僕の家族』について発信したいと思います。・・・もう、僕を見てくれる校長先生も教頭先生もどこにもいません。いませんと言うか、僕が死んじゃったんですけどね、ひひひ。でも、誰かに受け取られているという意識は損なわず、あえて、できるだけ客観的にお伝えしたいと思います。」
金池が病室にとぼとぼと現れ、リリカコのそばで蹲る。金池、イヤホンを耳に入れ、テレビをつける。
つむじ 「昨夜、熊本県戸塚市東真土のアパートで、借主の山内舵峰さん(あ、僕のことですね)が首をつって死亡しているのが発見されました。第一発見者は峰宏さんの義母・千恵子さんとのことです。舵峰さんの傍らには、千恵子さんの娘の理香子さんが首を絞められた状態で横たわっており、現在、とても危険な状態とのことです。舵峰さんの遺体のそばには「死にたい。一緒にいさせて」と書かれたメモがあり、無理心中と図ったものと見られていました。しかし、熊本県警が捜索に入ると、ロフトに置かれた段ボールの中に、ビニール袋に入った1人の男児、2人の乳幼児の、全部で3体の遺体が見つかりました。男児は服を着たまま白骨化し、乳幼児は液状化して・・・
医者 「金池さん、大丈夫ですか?金池さん?」
金池、我に返るとそこは病室。後ろ向きの医者と看護師、金池に呼びかけている。
一方つむじの部屋では。
つむじ 「いやいや、おーい。聞こえますか?話はここからいいところなんですけどね。おーい。・・・ま、いっか。・・・はあ、疲れた。ひさしぶりに、寝てみるか。」
つむじ、永遠に目を閉じる。
一方病室では。
医者 「それで、あのー・・・おつらいでしょうが、理香子さんは脳に申告なダメージを受けておられまして、目を覚ます可能性は高くないと言わざるを得ません。ただ、ですね。検査をしたところ、何といいますか、その。」
金池 「・・・」
医者 「(小声で)理香子さんは妊娠しておられます。」
金池 「?・・・」
医者 「こういう言い方は矛盾しているようですが、稀にあるケースでして、その。母体として考えて場合、そしてこちらがしかるべき処置を施し続けていくと仮定しますと、大変経過は良好と言えます。」
金池 「・・・」
医者 「いやはや。医者としてこのようなことを申し上げるのはどうかと思いますが、生き物が生きようとする力というのは、ある意味、かくも凄まじい。」
金池 「・・・」
医者 「そしてその力はとうとう最後の扉をこじ開けたのです。ところでお聞きしたいのですが、あなたは親戚の方ではありませんよね?」
金池 「・・・」
医者 「・・・ねえ。ドルチ君?」
医者と看護師が振り向くと、それは看護師の衣装を着た油喪ビッチと医者の衣装を着た裏井である。裏井、すぐに影の立ち位置に移動する。
ビッチ 「以上が。私が聞いた医者からの正確な申告だ。」
金池 「・・・」
ビッチ 「事件を聞いた時は柄にもなく、狼狽したよ。私にまだそのようなものが残っていることに驚きもした。だが。芸術の神が消えた今もなお、何かが、私に作品を完結させろと言っている。」
金池 「・・・」
ビッチ 「安心しなさい。全ては私が負担しよう。この子は、私の子どもなのだから。」
金池 「・・・」
ビッチ 「ああ。拝見したよ、あなたの芸。彼女は何やら評価していたが、何ということはない。ただ、蚊帳の外にいるだけ。彼女はアパートの隣人であっただけ。ただその生を終えるだけ、何一つわからないままに。」
金池 「(屈辱に震えて)・・・」
ビッチ 「そうだね。例えば・・・彼女に何があったのか、しかり。とある病気を人為的に発生させる方法、しかり。・・・それでは、また会おう、ドルチ君。」
金池 「・・・」
ビッチ 「(去り際に振り返って)ああ、それと。あなたの芸についてもう一つ。うらやましくもあったよ、ある意味でね。」
油喪ビッチ、裏井、去る。・・・うつむいて立ち尽くしていた金池が顔をあげると、そこはどこかの路上である。車の騒音、無味乾燥な雑踏。金池、ふと何かの声が聞こえた、ような気がする。
声 「あなたはきっと、踊ることをやめない。」
始めて金池の頭に。はっきりとした大きな音楽が流れる。金池、狂ったように踊りだす。今までの踊りと打って変わって、激しく、自爆的であり、ゆえに躍動的である。金池、踊り終える。・・・と、通りすがりの男が一人、恥ずかしそうに歩み寄ってきている。そして震える手で金池の手を握り、お金を渡して深々と礼をして去っていく。金池、初めてのことにしばらく呆然として、その湧き上がってくる感情を噛みしめる。やがて思いついたように渡されたお金で一輪のバラを買い、リリカコの病床に添える。再び音楽。金池、踊り、バラを買い、リリカコに添える。その繰り返しの日々の中で、少しずつ、確実に見る人が増えているようだ。買うバラの本数も増えていく。とうとう大輪のバラを買って両手に抱える。観客は彼をほおってはおかず、その際もずっと何かを求めるようについて来ている。と、幻影なのだろうか?リリカコの声がする。
リリカコ 「ドルチ。」
ドルチが振り向くと、観客の中にすっかりお腹が大きくなったリリカコがほほ笑んでいる。
リリカコ 「何ですか、その顔?・・・素晴らしかったですよ。」
金池、何度も何度も涙をぬぐいながら、リリカコに近づこうとする。
リリカコ 「ありがとう。・・・さようなら。」
リリカコ、いなくなる。追いかけようとするが観客に阻まれ、病室に駆けつける。そこには、もぬけの殻のベッドがあるだけである。金池、ベッドに何かが置いてあるのを見つける。それは、手紙の用だ。どこかから油喪ビッチと裏井が現れる。
ビッチ 「招待状。蚊帳の外のドルチ君。人間全部が入る墓石で。それが最も美しく見える時に。あなたを待ちます。」
ビッチ、裏井、去る。金池、病室を飛び出していく。